- April 26, 2007 3:12 am
ちょっと今日はビッグ・イシューがありました。
以下、自分の考えをまとめるのに文章にしていますので、長いから読まなくてもいいですよ。
来年の6月に個展をやる予定になってるんですけども、これをキャンセルするかも知れません。たぶん、そうなる確率が高いです。
これはギャラリー側の問題ではなくて、完全にわたしの問題です。
まずひとつに、かもしのペースがわたし自身が考えているよりも遅いこと。
個展をやるには、1年後に壁を全部埋めるくらいの「見せられる作品」を用意しなくてはならないんですが、その目標に対して、かもしが遅いのです。
その分、絵の密度や質そのものは向上しているので、「遅い」と言う評価は「1年後に個展を開くにしては」という基準での判断であって、「遅い=ダメ」ということではないんですけどね。
でもってもう一つ、普通の作家さんは、個展や展示に出品することで作品を売買して稼ぐわけなのですが、わたしの場合、諸事情により原画が売れにくいです。
原画が大きい(額まで入れると畳一畳分くらいある)…というのもそうなんですが、わたしのジャンルでは、高額をかけて原画を集めるコレクターが少ないからです。その数少ないコレクターの間でさえ、水彩は取り扱いが面倒なので、人気薄ですし…。
リプロダクションやリソグラフの方が、気軽にたくさん集められることもあって、コレクターの間ではその方法が人気なのです。
ファンタジーアートというのは、リプロダクションが作品として通用するジャンルだから、というのもあります。
ただし、オフセットで大量刷りしたようなのは「作品」としては観て貰えませんし、人気もありません。あくまで、作者本人の監修があり、作者本人のサインが入る、などの「第二の原画」として価値を持つもののみが対象です(わたしのリプロダクションは全てこの形式です)。
これは、他のジャンルと違って、ファンタジーアートが掲載されるもの=漫画(グラフィック・ノベル)や小説など、の発表媒体における最終形態が「印刷物」であること…に、起因しているのではと思います。印刷物の形態で絵を鑑賞することに、受け手が慣れているということですね。
第二の、というからには原画そのものの再現にはどうやっても及びませんから、原画を観る、見せる価値や意義はもちろん存在しますけども、そんな事情もあって、わたしの場合、個展を開いても原画を買って貰える可能性がかなり低いのです。
そうなると、わたしとしては相当な金額を持ち出すことになります。
現実問題として、場所代だけではなく、額代もかかりますしね。
まあ、このことに関しては、旦那も了承してくれましたし、わたし自身も仕方がないことだと考えていました。
平素のわたしはコンベンションベースで作品を発表しているので、個展をやらなくても作品を発表し、販売する機会はかなりあります。その「機会」にはインターナショナルも含まれる上(今年は日本とオーストラリア)、「同好の士」の集まりに出すわけなので、ちゃんと売れます。
そして、前から少し書いていたことですが、そのギャラリーが平素に置いている作品と、わたしの作品の間には大きな開き(=ジャンルの差)があります。
コンベンションに集う「同好の士」ならいざ知らず、平素にそのギャラリーに来ているお客さんにとって、わたしの絵はちゃんと楽しんで貰えるのか…ということは、常に心の隅に引っかかっていました。
例えるなら、それは、平素に日本語のポップスや詩吟を聴いている人に、いきなりキャメロットまたはNIN(しかもTDS)を大爆音で聴かせる…というようなものだからです。
以前ならまだ「日本語のポップスや詩吟を聴いている人に、ビョーク(Postあたり)を聴かせる」程度で済んでいたんですが、今のわたしの絵はもう、完璧にインダスやメタルの世界です。絵が持つ重さ=情報量が以前とは違います。
それをお気に召す人はいない…とは言いませんが、大抵の人は逃げますね(笑)
そのことも含め、個展をやるかどうかということに関しては、ちょっと前にもキュレーターと微妙なすれ違いがあったりしました。
その時はキュレーターと話し合うことで、その「誤差」を埋められた…と思っていたのですが、わたしの無意識は納得していなかったようです。
お金のことに加えて、その「逡巡」と「誤差」の存在が混じり合った結果、どうも本心はあまり乗り気じゃなかったようで、去年の終わりに「個展を開くためにはペースを上げないと」と思った…というか、決心したにも関わらず、結果的には「遅い」のです。
自慢じゃないですが、プロになっての長い年月、わたしは裏家業の方では1本たりとも締切破りをしたことはないですし、事務能力も自己管理能力も普通にあります。
でも、こと、かもしに関してだけは、自分が思ったように進められないのです。
心の半分は焦りが出るほどに急いているのに、もう半分がついて来ない…と、そんな感じで。
旦那曰く、「それは『個展を開く』ということが、わたしにとってプライオリティの高い事項ではないからだろう」と。
例えば仕事などのプライオリティの高い事項なら、何が何でも間に合わせるはずで…「やれるのにやらないのは、それが本当にやりたいことではないからでは?」とも言われてしまいました。
まあ、確かに。
『食事を作る』などの、仕事以外でプライオリティが高いことも、きちんと出来ていますしね。
しかしながら、その指摘はわたしにとってはかなりの苦言でした(笑)
頑張ってるけど出来ない…という状態で、自分でもかなり焦っていたからです。おまけに絵に対しては完璧主義と来ているので「本当にやりたいことじゃないんでしょ」なんていうのは落ち込み誘発ワードでしかありません。
でも、どうして納得行くように出来ないのか、その理由は自分でもわかっていなかった…というより、自分で探っていませんでした。何となく、正視するのが恐かったからでしょう。
そこで、この機会にその原因を深く探ってみたところ、先述したようなことに思い当たりました。
単純に言うと、わたしはどこかで躊躇してた、ってことなんです。
表面上は納得していたけど、無意識のわたしは全く納得していなかった。
だから、自身の予定通りに行動しなかった…ということなんだと思います。
何よりも良かったのは、旦那がそのことを「責める」または「非難する」というスタンスで言ってこなかったことです。「そのやり方は向いていないようだから、別のやり方にした方がいいと思うよ」という言い方だったんですね。
「今は複雑だろうけど、少し時間が経てば、ほっとすると思うよ。たぶん、画伯たんは絵に関して、締め切りを設定して『いついつまでに何枚』っていう、仕事みたいなやり方をするのが合ってないんだと思う。
「でも、だからと言ってそれをネガティブに考える必要はなくて、それならそうで、じっくりと納得行くまで丁寧に描いたり、自分にしか出来ないPainterの使い方とかを開発したりしてみてもいいんだしね。その上で、いずれ作品が貯まって、人に見せたいと思ったなら、機会は必ずやってくると思うよ。
「画伯たんは鳥なのに、魚になろうとして苦しんでるんだよ。しかも、水鳥で水に浮いていたりするから水中の魚が見えてしまって、自分も水に潜れると考えてしまうんだよね。
「鳥は魚になれないけど、空を飛んでどこへでも行くことが出来るでしょ。鳥には鳥のやり方があるんだから、魚をうらやむことなんかないんだよ。」
何より、旦那のその言い方がわたしの心にすごく染みました。
もしも、この件を「やるって言ったのに、やってないじゃん、ダメじゃん」というように責められたら、図星を指されたわたしはそれに反発することだけでいっぱいになってしまって、とてもじゃないですが冷静に自分を探ることは出来なかった…と思うのです。
確かに、コンスタントに作品をためて、一年に一度のペースで個展を開催するような作家さんは存在します。でも、わたしはそのタイプではないようなのです。
わたしはどうも「画家であるならば、そうでなくてはならない」と思いこみすぎて、自分のスタイルに合ったやり方を半ば無視していた…というか、突き詰めてみることを避けていたのでしょう。
でも、無意識のわたしは「自分のペースでしかやらないよ」という、考えてみれば非常に当たり前な行動をとっていたので、結果として気持ちと行動がちぐはぐになってしまっていたのです。
時にはそれが焦燥感になって現れたり、失敗するということに対する極端な嫌悪になって現れていたんだな、と、今でならわかります。
一枚でも失敗したら頭数に間に合わない状態では、仕上げる作業に対してのプレッシャーがきついのは当然なのです(ま、これはアナログゆえの話ではあるんですけどね(笑))。
それでも昔よりはずいぶん良くなりましたけども、わたしはここで今一度、自分を見据えてみることで、更なる根源まで潜った状態にて、とるべき道を認識しなくてはならなかったのだと思います。
画家としては、またひとつの節目を迎えたのだと言えるでしょう。
がむしゃらに進み続けて来た状態から、より自分に合った、よりよいやり方を模索するべき時期に辿り着いた…ということですね。
これはまた、中つ国をモチーフにして始めたものが、完全なオリジナルをモチーフにしたものにシフトしたことも関係していると思います。つまりそれは、誰も立ち入ることのない、完全にわたしだけのライフワークが出来た…ということに他ならないからです。
そのこともあって、わたしにとっての画業はもはや、一過性のものではなく一生を通じてやるものに変化していると言えます。
長く続ける以上は、今回の件は必定のこととして迎えたのですね。
旦那が見抜いたとおり、実は、わたしには個展を開くよりも、達成したいことがあります。
今年は既に挑戦してダメだったんですが、それをいつか、というか近いうちにかなえたいのです。
だから、わたしはちょっと、やり方を変えることにしました。
自分が本当に望んでいることを、目標に据え直します。
「個展(という名の時間的な目標)を変えてしまうと、わたしは自分を甘やかすことになりはしないだろうか」と旦那に尋ねてみましたが、「本当にやりたいこととして続けているのにやり方が合ってなかっただけだから、だらけるということはないと思うよ」と言われました。
実際、今のままでは、個展のために無理矢理に頭数を揃えるような形にしかならないと思うので、それではわたしの世界を堪能して貰うには問題がありすぎです。
もしも、既に期待してくれていた人がいらしたらゴメンなさい。
たぶん来年の個展は延期です。もっと、わたしが自信を持って見せたいと思うような状態になったら、その時こそ、きちんとやります。少し、時間をくださいね。
かもし自体は、もちろんずっと続けますから。
それこそが、わたしの生業ですもの。
読んでくれた人、お疲れ様。
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