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お誕生日読書2010「この世界の片隅に」

  • 投稿者: Bliss Appledore
  • Thursday, February 11, 2010 - 05:19 PM

「この世界の片隅に」(上・中・下)こうの史代

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かなり前から、漫画好きの中では話題だったこの作品は、第二次世界大戦終結まぎわの広島で生きる主人公・すずと、かの女を取り巻く世界を描いたもの。

あたたかなフリーハンドの描線が描く世界とキャラクター、それと一緒になった、淡々と日々を語る目線と語り口は、すごく地味だ。

地味だけど、でも、現実の日々が、それ自身にたくさんの情報を含むように、そこには決して見過ごせない「生活」というものが描かれる。

数ページの短編からなる大きな物語は、様々なスタイルで語られるが、それらはみんな、ちゃんと、ひとつの大きな流れに乗っている。
端のコマ、ほんの小さなエピソード、キャラクターの繊細な心理描写、それらが緻密に物語を紡いでいて、全く無駄がない。

主人公の夢とも幻想ともつかない挿話もまた、かの女が長じてからの現実とからみ合い、心理表現の一端となる。

短編の最後にオチのように用意されている、または作中に散りばめられた小さな笑いは、「戦時下の物語」という特異性を、少しだけなじみやすいものにしてくれているように思う。

終結に向けて高まる戦時下の緊張、若くしての嫁入りと、その家族との生活…静かに流れていたストーリーは、下巻で大きな転機を迎える。

すずに訪れる突然の不幸は、かの女が亡くしたものの重さと一緒になって、読み手に衝撃を与えるに違いない。

特に、絵を描くわたしにとっては、それはあまりな衝撃だった。
自分であったなら、どうするだろう…と、その苦痛にシンクロせざるを得ないほどのものだった。

そして、終戦まぎわの広島には、切っても切れない「原爆」。
すず自身は呉にいるために直接の被害には合わなかったものの、かの女の実家は、壊滅状態に追い込まれてしまう。

それらの出来事をすずが乗り越える様は、本当にリアルだ。
人に何かの不幸があった時に、当事者がそれを乗り越える姿のほとんどは、たぶん、こんな風なんじゃないかと思う。

泣くことも叫ぶこともあるけれど、生きていくためには、悲しみと共に歩く方法を見出さなくてはならない。

そして、すずはやがて、自らの道を得る。
読み手のわたしの苦しみまでが癒されるようなその道の、何と重く、爽やかで、強いことか。

喜怒哀楽と共に、ひとつひとつを積み上げて行く、決してドラマチックとは言えない「生活」。
それはまさに「世界の片隅」の出来事だ。

「この世界で 普通で まともで居ってくれ」

そんな、ごく当たり前にしか思えないことの難しさと、価値。
この物語には、読み手にそれを思い起こさせ、気づかせる力があると思う。

タイトルがすずの口から台詞となり、かの女の伴侶に渡されるその時。
そこから再び、様々な躓きを乗り越えてなおそこにある、「世界の片隅の生活」が始まる。

決して派手な物語でも、戦争の悲惨さを謳った物語でもないけれど、手元に置いて何度も読み返したくなるような、静かに奥深いドラマが味わえる、名作だと思う。

読んでよかった。

「わたしのこの世界で出会ったすべては
わたしの笑うまなじりに
 
涙する鼻の奥に 寄せる眉間に
ふり仰ぐ頸(くび)に宿っている」

下巻・第43回「水鳥の青葉(昭和20年12月)」より

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