- Thursday, February 11, 2010 - 05:19 PM
「この世界の片隅に」(上・中・下)こうの史代
![]() |
この世界の片隅に 上 (アクションコミックス) 双葉社 2008-01-12 |
かなり前から、漫画好きの中では話題だったこの作品は、第二次世界大戦終結まぎわの広島で生きる主人公・すずと、かの女を取り巻く世界を描いたもの。
あたたかなフリーハンドの描線が描く世界とキャラクター、それと一緒になった、淡々と日々を語る目線と語り口は、すごく地味だ。
地味だけど、でも、現実の日々が、それ自身にたくさんの情報を含むように、そこには決して見過ごせない「生活」というものが描かれる。
数ページの短編からなる大きな物語は、様々なスタイルで語られるが、それらはみんな、ちゃんと、ひとつの大きな流れに乗っている。
端のコマ、ほんの小さなエピソード、キャラクターの繊細な心理描写、それらが緻密に物語を紡いでいて、全く無駄がない。
主人公の夢とも幻想ともつかない挿話もまた、かの女が長じてからの現実とからみ合い、心理表現の一端となる。
短編の最後にオチのように用意されている、または作中に散りばめられた小さな笑いは、「戦時下の物語」という特異性を、少しだけなじみやすいものにしてくれているように思う。
終結に向けて高まる戦時下の緊張、若くしての嫁入りと、その家族との生活…静かに流れていたストーリーは、下巻で大きな転機を迎える。
すずに訪れる突然の不幸は、かの女が亡くしたものの重さと一緒になって、読み手に衝撃を与えるに違いない。
特に、絵を描くわたしにとっては、それはあまりな衝撃だった。
自分であったなら、どうするだろう…と、その苦痛にシンクロせざるを得ないほどのものだった。
そして、終戦まぎわの広島には、切っても切れない「原爆」。
すず自身は呉にいるために直接の被害には合わなかったものの、かの女の実家は、壊滅状態に追い込まれてしまう。
それらの出来事をすずが乗り越える様は、本当にリアルだ。
人に何かの不幸があった時に、当事者がそれを乗り越える姿のほとんどは、たぶん、こんな風なんじゃないかと思う。
泣くことも叫ぶこともあるけれど、生きていくためには、悲しみと共に歩く方法を見出さなくてはならない。
そして、すずはやがて、自らの道を得る。
読み手のわたしの苦しみまでが癒されるようなその道の、何と重く、爽やかで、強いことか。
喜怒哀楽と共に、ひとつひとつを積み上げて行く、決してドラマチックとは言えない「生活」。
それはまさに「世界の片隅」の出来事だ。
「この世界で 普通で まともで居ってくれ」
そんな、ごく当たり前にしか思えないことの難しさと、価値。
この物語には、読み手にそれを思い起こさせ、気づかせる力があると思う。
タイトルがすずの口から台詞となり、かの女の伴侶に渡されるその時。
そこから再び、様々な躓きを乗り越えてなおそこにある、「世界の片隅の生活」が始まる。
決して派手な物語でも、戦争の悲惨さを謳った物語でもないけれど、手元に置いて何度も読み返したくなるような、静かに奥深いドラマが味わえる、名作だと思う。
読んでよかった。
「わたしのこの世界で出会ったすべては
わたしの笑うまなじりに
涙する鼻の奥に 寄せる眉間に
ふり仰ぐ頸(くび)に宿っている」下巻・第43回「水鳥の青葉(昭和20年12月)」より
![]() |
この世界の片隅に 中 (アクションコミックス) 双葉社 2008-07-11 |
![]() |
この世界の片隅に 下 (アクションコミックス) 双葉社 2009-04-28 |
- 新しい: キミの歌にめくるめく
- 古い: もうどうにでもなーれ



















