- Tuesday, March 23, 2010 - 12:17 PM
■マルちゃんの本日のメッセージ
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悪魔か。悪魔なのか。
■「Where I Write : Fantasy & Science Fiction Authors」>●
アメリカのST&SF作家さんたちの、お仕事場拝見写真。
やっぱ何か、妙な部屋が多いです(笑)それと、黒猫率が高いのは、何か理由があるのでしょうか…。
M. Alice Legrowさんは、漫画の作家さんです。
個人的には、全く興味が持てない絵でした。ごめんなさい。
■日本時間3/23の夜、石井ゆかりさんのツイートより。
artは、natureの対義語だ。
つまり「人工」「人為」。
かつ、キリスト教圏では「神の創造」がnatureで「人間のやること」がartなんだろう。
つまりartには「神の創りたもうたものには絶対に及ばぬ猿まねであり、欠陥品だ」という意味合いも含まれているわけだ。
一般に使われる「アート」っていう言葉は、法外なイメージを背負わされすぎているような気がする。
ユング「赤の書」のレビューで横尾忠則が
「「あなたの行っているのは科学ではなく芸術なんですよ」。するとユングはこの声に憤りを感じてその声に言い返したという。「これは芸術ではない、これは自然なんだ」と言った言葉がずっとぼくは気になっていた。」
というくだりがあるんだけど、これは、芸術と自然が対義語(人間のわざと神のわざ)ととらえると、ものすごく反逆的な感じ、あるいは斧を振り下ろして何かを斬り裂くような鋭いロジックを感じる。
神様の創った完全な自然があって、神様からスピリットをもらってる人間という「特別なもの」がある。
で、人間のやることには神性が反映される。
だからartにはある意味継承した神聖さがあるんだけど、でも神様のやったこと(自然)にはかなわない。完全に聖なるものにはならず、俗なるものにとどまる。
artには神性の探求の意味と、人間の限界という意味が両方含まれていて、そこで「人為」なんだろうな。
一神教の世界には「完全さ」っていうイメージがあるんだと思うんだけど、日本とかアジアにはあんまりそれはないから、「なんらかの完全さを思い描いてそれに近づこうとする(けど到達したとは死んでもいってはイケナイ(それは神を冒涜することになるから))」っていう思想はないような気がする。
神のわざ以下の人間ワザ、という意味での「art」であれば「神のやることは人間には理解しがたいこともあるだろうけど、人間同士なんだから理解しうるもの」という前提で接することができるけど、そういう論理がないと逆に「アート」は「理解しがたいもの」ということになっちゃうのかもなあ。
ご本人が削除してしまったそうなので、Twitter上のページでは、もう読めないみたい(笑)
http://twitter.com/ishiiyukari
■「いぬに ぎ ゃ く た い さ れ るせいかつ」>●
柴犬4匹と散歩=引き裂きの刑みたい、でワロタ。
クラクションを鳴らすピレニーズも可愛い(笑)
■「ああ、小学生ダンスィよ!」>●
ワロタwwwwww
■「2010年2月のちょっと気になったヤフオク高額落札品」>●
イラストの人には、固定ファンが居るんでしょうね。
しかし、最後の方は本当に、マニアの世界です。ヲタっていうより、マニア、って言い方の方が正しい感じ。
■「偽パイロット逮捕 13年間操縦、飛行時間は延べ1万時間以上」>●
コワーーーー!
っていうか、どこで覚えたのよ、操縦を?????
■さて、かもしに早く戻りたいのでおしもも。
















